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「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」
房一の出先きで起きたこと、何かしら普通でないその事を理解しようとして、盛子は房一の顔をまじまじと見まもつた。
徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。
「はゝ、知つているな。よし、よし何もいやしない」
「それからね」
「うん、行くよ。――だが、夕方でいゝだらう」
と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。
と、云ひながら徳次の肩をつかんで押しもどした。誰もが疲労のための一種煤すゝけじみた鎮静を現していたにもかゝはらず、練吉だけは明かにまだ興奮していた。と云つて悪ければ、恐しく深い印象を与へられたものの如くであつた。そして、一応の取調べを受けに、二人の責任者が参考人として自動車に乗せられ、本署のある町まで同行を求められたときに、練吉は自分も乗う込まうとして加藤巡査にひきとめられた。
「どうしたい、君はその恰好をまだ見せたい気かい」
「どこか悪いですかな」
「それで――?あゝ」
今日幾人かと会つて口を利いただけで、彼は自分が今はじめて河原町での医師になつているのを感じた。それはまだ形ができてはいなかつた。だが、彼の足は今河原町の土を踏み、彼等が房一を認めると否とにかゝはらず、否応なくその相手になつていなければならなかつた。この短時間のうちに得た小さな発見は、何故か房一の胸に或る落着きを与へた。